【ゆっくり解説】 蕭何 劉邦に天下を取らせた究極の能吏【漢】
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- Опубликовано: 6 авг 2021
- 漢の高祖劉邦を支え 漢王朝の成立に最大の貢献をした宰相、蕭何を紹介します。
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蕭何にちょいちょい助言を与え、劉邦の猜疑心を突破させた名の無い食客も、相当有能な人物ですね…
項羽と劉邦って言うドラマがあるけど劉邦と蕭何の関係性が良く描かれてる。彭城から沛県に逃げ帰って女と遊んでる劉邦を叱りつけるシーンがいい。あのドラマで一番好きなのは蕭何だな。役者の人が凄くはまってる。
三国志スリーキングダムで魯粛を演じてた方ですよね。
あの魯粛も非常に良い描かれ方をしていましたが、
役者の方の力をすごく感じました。
@@ako8431
盧粛の方は張良役でしたよ。蕭何役の方はスリーキングダムに出てないと思いますm(_ _)m
@@user-mx5qx5oj9c 失礼しました。配役がごっちゃになっていましたね...
ご指摘、痛み入ります。訂正させていただきます。
秦王朝末期って始皇帝&胡亥(趙高)による長年の圧政で諸国はボロボロ、兵にも兵糧にも余裕がなく「秦以外は1回負けたら終わり」っていう「ワンチャンを活かせるかどうか」っていう戦いだったんだよな。
楚漢戦争期になってもそれは変わらず、秦の地盤を引き継いだ漢陣営だけが「負けても回復可能」、残りの陣営は「負けたら終わり」っていう超ハンデ戦。
ただ漢も残機に余裕があるワケでもなかったから、鬼の内政官・蕭何がおらんかったら普通に項羽に負けてただろうな。
何気に政務の最前線にいながら、粛清から逃れ切ったのもまたすごい話ですよね…
ですねー・・・
仮に粛正しちゃってたら、漢はあんなに長く続かず
秦同様、アッという間に滅んでたんじゃないかなー
劉邦「やる前から負ける事を考えるバカがいるかよ!」
蕭何「ここにいます」
史記に反乱失敗したとき責任を劉邦に擦り付けるため担いだって書かれてるの好き
なんかこの劉邦、記者を平手打ちした某プロレスラーみたいだな
漢王朝の三傑で一番好きな人物です!
韓信や張良と比較し取り扱いが地味な点でモヤモヤすることが多いのですが、今回取り上げて下さりとても嬉しいです。有難うございます!
沛県は楚と接する国境地帯だったので、状況に応じて臨機応変に立ち回れる人材が生まれやすかったそうですね。蕭何の情報力と分析力の優秀さは、反乱時だけでなくその後の粛清でも証明されたようです。
でも、居並ぶ綺羅星の様な将軍達を差し置いて、功一番と蕭何の名を出す劉邦も凄いと思う。きちんとわかってるんだよね。劉邦も。この二人の関係も見えてくるよね。
劉邦の凄いところは目立たない部分の働きこそが目立つ分野を大きく支えていることを知っている事だな。
劉邦は元々農民だったから、植物の実りと成長が地下で広がっている根っこにこそ支えられていることをしっかり見ていた過去が、こういう認識をつかみ取ることに繋がったのだろう。
それが超人・項羽との長期戦で漢軍が何度も立ち直って、項羽軍を疲弊・壊滅させ、天下を取る事にもつながった。
逆に武家政権からいきなりの近代化を経験した日本は、戦争遂行を支える産業分野の重要性を明確に認知できないまま、国家の運命を傾けるほどの戦争に突入し、碌な国力造成もないまま工業力と財政を費やし続けてついに力尽きてしまったと言う訳だ。
@@tevalleyluckman8746
徳川政権もそこまで捨てたもんじゃないですよ。
伊奈忠次はじめ優れた内政家も多く支えていますし家康自身関東平野をあれだけ石高伸ばせたのも治水灌漑等の政策あってこそです、のちの保科、吉宗、上杉鷹山、定信など維新の基礎底上げには役立っているのです。
そこのところもご一考いただけても良いのではないかと。
@@user-kv2ns9ov7g それについては認めています。
徳川が武家政権だったからというだけで、すべてを否定はできません。(むしろ朱子学が問題なくらいです。)
江戸時代の経済政策や文化政策は先進国としての高い質を持っていましたし、永続性のあるリサイクル社会の構築などは地球近代史上の快挙だと思います。
惜しむらくは鎖国を出島で行うのではなく、幕府自らが交易船を西洋やアラビア世界に送り込む形で実行するくらい積極的に行う形で利益を拡大したり、外交経験を積む一方、そうした交易船団を護衛する幕府海軍を育てていけなかった事です。
武士達は”引きこもり”を恥と思えなかったのでしょうか?残念に思います。
その割に韓信の事は最後まで信用し切らないと言うか何処か下に見ていたのは何なんだろうな。
@@user-jl8os7pq4q 彭越も結局追い詰めた末に殺してしまっているからね。
百姓だけに武人を信用しきれない体質だったのかね?まあ、最後に残った黥布からそう思われてしまった為に、謀反に踏み切らせてしまったわけだが。
劉邦が最も苦しい時期に、韓信が側近に離反を進められても実行しようとしなかった事を早めに知っていたら韓信だけは処刑しなかったかもしれないね
「パンビーは戦略を語り、賢人は兵站を語る」の目の覚めるようなお手本。
管仲、范蠡、蕭何はそろって有能なうえに、権威権勢を持ちながらも天寿を全うした人たちでしたね。こういうトップを支える優秀な人と言うのが日本人には人気がありそうなのでもっと広まってほしくあったりもします。とても好きな人物です。
管仲、蕭何はすごく有名だと思うが、ちがうのか><
@@nitro2525k 范蠡は少しマイナーなイメージかな?彼と昭王の代でほぼ秦は天下取りの段取りを固めた
@えぬやん 視聴専用メイン垢 どうしても宰相と言うと諸葛孔明に持っていかれてしまうんですよね
@@user-zj1qv1yc2u
范蠡は越の宰相ですよ。秦とは関係無い。
@@user-ld8mz1bf4w 恐らく范雎と間違えたかと思われ。
蕭何って情報や兵站の重要性を理解していたって点ではとても現代的な人物と思いますね。
全くの初心者である私にも、この主さんは本当に中国史が大好きなんだなぁと伝わってきます。
愛の深さから、魔理沙がたまに暴走してるのが可愛くて可愛くて、難しい内容でも見ちゃいます。
チャンネル毎に微妙に声のトーンや速さが違いますが、こちらの2人のまったりした大人の掛け合いが、何かの周波数を発しているのか、聞いててすごく落ち着きます。
応援しています。
どの動画から観ても楽しめる工夫された構成、耳心地の良い文章、中国史についての深い造詣など、チャンネル登録者数や再生回数が伸びない理由があるだろうか、いやない。
個人的に最初に動画を観たときから、鳥人間さんには鳳凰の気を感じていました。週2回の動画投稿継続など、この方は尋常ならざる才器の持ち主であると思います。
「ヘイヘーイ、劉邦怒ってる」などの緩急が素晴らしい。
蕭何(予測変換にあって助かる)の解説は前にも拝見しましたが、何回かに一回は見返してみたくなりすます。
張良のように文官としても軍師ポジションでなく、完全な裏方。
旗揚げ時からとは言え、そんな蕭何を第一功とした劉邦。ここに劉邦の魅力があると思うからです。
劉邦の魅力イコール蕭何への評価と言いますか、蕭何の解説で劉邦の解説も見れている感じ(語彙力の限界)
反秦への挙兵をするときに、劉邦を担ぎ上げて自分はサポートに周り、徹底的に自分の能力をフル稼働させて天下を取らせた
自分はリーダー向きではなく、そしてリーダーとして劉邦を見出し。最後もなんとか粛清などからも逃れた
能吏とはまさに彼のことを指す
戦争のロジスティクスの難しさを理解してから蕭何の能力を考察すると、世界史でもトップレベルではないかと思ってしまう。劉邦が項羽との戦いで食料に困った時は、項羽に滎陽を包囲された時くらい。しかも、他人の才能を見抜く能力も凄い。才能の質がかなり違う韓信の凄さを見抜き、劉邦を納得させて抜擢すると大当たり。沛ってどんだけ人材の宝庫なんだ・・。劉邦、蕭何、曹参、周勃、数百年後に曹操・・。
無線電信もネットもない時代に迅速に滞りなく必要な物資や兵士や兵馬を供給し続けるとか化け物染みてるよね
劉邦、ホントにろくでなし極まっててちょろっと紹介されただけでもう面白いから好き
ドラマ「項羽と劉邦」でも蕭何の陰で劉邦を支える行動がよく観られたな~。彭城の戦いで落ち込んだ劉邦を励ましたり、気が抜けて女遊びをしているところを叱責したりw。
でも一番すごいと思ったのは、巴蜀というまだ辺境と思われていた所に劉邦が封ぜられた時に、「これなら天下が取れる!」と言ったところ。北と東を山に囲まれていて、しかも中原とは違って戦火に見舞われていないから兵糧を蓄えるには最適である点を見抜いたところは最早神。
巴蜀はオセロの角(安全地帯)みたいなもんだよね
蕭何に忠告してくれた人達や弁護してくれた王さんがえらい
案外武官含めて、部下たちにも好かれてたか、少なくとも評価されていたんだろうな
宮殿に入って真っ先にデータベースを抑えに掛かるのはすごい。
実写ドラマ版のこの蕭何を演じていた方の蕭何はこれだろうと言わんばかりの演技が大好きだった。
立ち上げメンバーに既にS級文官がいたという奇跡
しかもそこに後々S級軍師と大将軍が入ってくるというね。
ガチャ一発目でSSR!
素晴らしい神引きw
@@user-wf1ji8oq7n
それでこそ劉邦・・・・・😅
劉邦はジャンプ主人公となろう系主人公と青年誌主人公のハイブリットですね…
何より凄く、そして不思議なのは、蕭何や曾参の様な有能な者たちが惹きつけられる劉邦の魅力であろうか…。🤔
時間は全然気になりませんよ。
いつも楽しんで勉強、いや、沼にハマらせてもらっています😀
蕭何が咸陽の文書を押さえたというのは、どこにどれだけの食糧があるか(具体的には秦の故地に大量の食糧があること)をつかんだということなんですね。もちろん何となくはわかっていたんでしょうが、数字で把握できるという意味は大きいですからね。
蕭何をはじめとする沛以来の股肱の臣たちは「立場が人をつくる」の成功例なのかな思いますね。郡県制での中央による地方支配の末端が県令で、県の役人として郡県制の良し悪しを実感していたでしょう。項羽が敷いた体制が戦国時代への復古的なものだったのは楚の復興を掲げ秦の打倒を目標としていたためある意味仕方ない事かもしれませんが、劉邦の漢にはそんなしがらみがないから、秦の郡県制や律令の良いとこどりが出来たのが良かった。
蕭何は、漢王朝の基礎を築いた名宰相だが
出自を観ればもともと地方の小役人に過ぎない
高祖を始めとする漢王朝のほとんどの幕僚や重臣たちがそうであったように
蕭何も下層の出身だったわけだ。
それがいきなり天下の運営を任されたわけだから、大変だっただろうね
時間を忘れて見入ってしまいました。
とてもおもしろかったです。
ありがとうございます。
蕭何は劉邦の名臣ぐらいしか知らなかったからありがたいです
かたや勝ち続けてるのに疲弊していき、かたや負け続けてるのにドンドン支配地域が拡大していく。
楚漢戦争は兵站が重要さが分かる戦争でしたね。
項羽は戦闘では劉邦に何度も勝ったが、その度に復活され、結局自刎した。
楚軍にも軍師は居た。将軍も居た。だが兵站・内政担当は居なかった。だから勝てなかった。
この故事から(負けたりしても)仕方ないという意味で「蕭何いない」と言われ、
それが訛って「しょうがない」になったという。
民明書房刊 『へい☆たん』より
匿名で希望を発信している〜🌟うひょ〜🌟
民明書房でへい☆たんって 笑
素晴らしいオマージュです!!
知ってるのか?!雷田っ?
民明書房刊に書いてあるなら事実だな!また一つ勉強になったなぁ
どこかの男塾シリーズで採用されてもおかしくない内容ですね😄👍
寝て下さいませ!
こんなに面白い動画、これからも沢山観たいだけに、お身体を大事になさって下さい。
劉邦の最大の最大の長所である人の意見を聞き入れることと、猜疑心の強さをよく知っていたことで、生き残れたのですね。
29:18~で魔理沙の『東方』という言葉に反応する霊夢がかわいいww
劉邦って地元の仲間が優秀だったりたまたまブレーンを探してたらそれが張良だったり蕭何がたまたま韓信を連れてきたりと巡り合わせが良すぎるよな。
韓信や陳平といった人材を簡単に流出させる項羽さんサイドに問題が
鴻門の会で56せるうちに処分しろという范亜父の言うことも聞かなかったし
案外身の回りの一般人に見える人間にも環境と立場を与えれば抜群の才能を発揮するやつもいるんやろな
運も実力の内。そうじゃなければ皇帝にまではなれない。
教科書で浅くしか習わなかったことを深く解説してくれるこのチャンネルは控えめに言って神
劉邦の初期群臣ガチャの引き運凄すぎないか
この人の為に頑張ろうと思えるようでなければ駄目。そのうち去っていくでしょう。
劉邦にはそれだけの器があったという事でしょうね。
だから天下を取れたのでしょうね
それは運を天に任せるガチャのような事をやらずに
正しく評価して互いに高め合う関係を築く能力が高かった
劉邦の徳とコミュ力の高さだろ
@yamada taro ぶっちゃけ、ただの一般人の韓信の才能を見抜くのは無理ゲーだと思う
@@user-yn9yn8fv5i ショウカが韓信の才能に気付いたのはなぜなのかは中国史史上最大の謎。
蕭何は生年は不明だけど劉邦より二つ三つ年上の気がする
あと劉邦軍では三人目の軍師と呼びたくなる
張良.・陳平に次いで
蕭何って超絶有能(公私共に)なのに、妙に知名度が落ちるのが悲しい…
有能な裏方って望んでも中々得られないのに。
目で見てわかる功績というのがないですからね、仕方ないですね。
でも蕭何の功績を一番知っているのは高祖でしたしね。
後代の中国だと、疑心暗鬼に駆られた皇帝に疑いの目を向けられることを恐れた部下が皇帝を裏切って廃そうとすることもたびたびあったけど、蕭何はそれができる立場にありながらも最後まで臣下として立ち回り、生き延びた。
自分には劉邦のような器はないと自己認識していたのかもしれないし、沛県で劉邦に知事を押し付けたことに対して最後まで筋を通したということかもしれない。いずれにせよただ才能だけの人物ではなかったんだろう。
コミュ力とカリスマお化けがあれよあれよと皇帝になってしまった話
初期ガチャの引きの良さも奇跡的
歴史書から見ると、蕭何ははじめから完璧超人のように見えるけど人間だから時に迷い、劉邦や仲間を疑うこともあったんでしょうね〜。
曹参との話はそのほんの一端が垣間見られるような感じですね。
それにしても、蕭何の処世術は、徹底していて本当にすごいな~ 引き際の見事さで称賛されている軍師の張良もすごいが、漢帝国の行政の最高峰の蕭何は、張良の様に引退もできずにずっと猜疑心が強いと分かっている劉邦と付き合っていかないといけなかった。その様な中でも部下の忠告に耳を傾けて、全力で劉邦の猜疑を晴らす行動を続けて寿命まで生き延びたなんて、彼は中国史上一番の処世術の持ち主だったと言えそうだ。
「自身に叛意がない事をことさら強調する行動は叛意を秘匿するため、つまりその行動自体が明確な叛意の証明である」
という解釈を劉邦がする可能性だってあったわけですからねぇ・・・・・😅
いつも楽しく見させてもらっています。
劉季「スターターパック買ったらSSRばっかだったわw」
こんな感じで、曹参と陳平もやってみて欲しいです。
夫「誰が飯を食わせてやってると思ってるんだ!?」
妻「あたしが料理してるからだよ!」
劉邦「誰が飯を食わせてやってると思ってるんだ!?」
韓信「蕭何殿が補給してくださるからだよ!」
張良、韓信の才能も、蕭何の補給ありきだものね。
数ある群雄の中から勝ち上がって天下を手にしたと思ったら 粛清が吹き荒れて常に劉邦の顔色を伺いながら生き残りに成功しても、二年しか劉邦より長生きできなかったんだね
劉邦も劉邦で100人以上の血縁者を集めて宴で漢に忠誠を尽くすという歌を歌わせて舞を踊ると将来が不安で涙を見せてしまったらしい
負けても勝ってもこの世の地獄だよ
今でもおとなりの国では生きているうちは、これでもかと個人崇拝、しかし、しんでしまえば・・・
33:50家臣「陛下が〇〇で窮地の時も蕭何殿は!〇〇で負けた時も!〇〇で大敗した時も!!〇〇で大惨敗したと・・」
劉邦「もうやめて!!」
劉邦も、天下統一の戦功第一に前線指揮官や軍師じゃなく兵站を維持し続けた蕭何を挙げているあたり馬鹿じゃないんだよね。
范増ひとり動かせなかった項羽と蕭何をはじめとして様々な人材を動かせた劉邦の違いが楚漢戦争の勝敗を決めた。
そして、項羽陣営には蕭何がいなかった。
英雄は運も兼ね備えているといわれるが、まさにその通りである。
劉邦を支える功臣達が地元に沢山いたことはまさに幸運といえるだろう。
中央ではなく地方にこそ英雄や功臣がいる。今の日本にもそのような蕗の薹が沢山いるはずだ。その蕗の薹を天高く聳える竹に育てることが出来る英雄の登場を楽しみに毎日を生きようと思いました。
英雄は待つ者でなく、なる者である。そんなこといつまでも言ってたら英雄は現れない。かつての英雄というものは全て社会混乱期に旗を上げ、賢人が台頭して英雄に付き添った。もし英雄が名乗りをあげなかったらその賢人達も死ぬまでむさいおっさんで生涯を終えてたよ。
@@ihopeiwishibelieve2929
それも一理ありますが、人には向き不向きがあります。諸葛亮が劉備のように各地で転戦して天下に覇を唱えられたでしょうか?
それは違うと思います。諸葛亮は人の補佐をすることが長けていました。劉備は人を率いるカリスマ性がありました。この2人の立場が逆なら劉備は諸葛亮の元を出奔していたでしょう。つまり、賢人が訪ねてくるまで地に伏して一生を終える人もいますが、賢人になり優秀な人を招き入れる人物になる人もいます。誰もが、英雄になる為に行動を移しては世の中は治まりません。
どちらの発言にも一理あると思います。三顧の礼もあくまで演義の話で諸葛亮が劉備を訪ねたっていう話もあるらしいですね。だから人には向き不向きがあるけど動かなければなにも起こらないというのも確かかと。
荀子君はさあ、そんな人治主義より法の重要性をもっと理解して、どうぞ
江戸幕府を倒して明治維新を成し遂げたのは薩長を中心とした地方の若者でした。
薩摩の西郷、大久保と長州の木戸(桂)は維新の三傑と呼ばれています。
漢の三傑と比べてスケールは違いますが、維新の三傑の人生もその最期を含めて、中々味わい深いものがあります。
対劉邦責任押し付け包囲網に笑ってしまったw
動画面白かったです。項羽は恐れたんでしょうね、倒しても倒しても蕭何に補充された漢軍が再起してくるんですから。張良や韓信の様に目立たなったのは、あえてなのかともとれますね。本拠地を任された役割を理解していた事と、君主劉邦の性格を正確に理解していたんですね。
「武士の家計簿」という映画で、主人公の算用方の侍(経理担当の武士)が明治政府に仕官を誘われる際に、今戦う人間は多くいるが、その戦う者の資金や物資の調達を行える人間は少ないと口説かれるシーンを思い出します。システムを作れる人物の価値を見抜ける劉邦はすごいですね。
蕭何は地味だとか言われるけど後世の魏晋南北朝時代の南朝勢は蕭氏という名前を利用して正統性を主張していたりするからやっぱり当時でもかなりの評価だったのは間違いない
いつの間にかこんなに時間経ってた。
また聞き入ってしまった😅
いつも時間が経つのを忘れてしまう、大好きなちゃんねるです。
曹操は治世の能臣、乱世の奸臣だけど、蕭何は乱世でありながら1人治世の如く活躍出来ているのが凄い。ただの善人では無かった。
蕭何は張良とともに漢の良心ですな。
多くの配下が荒れくれ者が多かったし、韓信ですらも離反の可能性が多かった。そんな中で蕭何と張良は劉邦が天下統一することに心を砕き、私心をほぼ捨てて尽くした
蕭何よりも、蕭何がヤバいときに、忠告してるヤツが劉邦のことを理解してる…
劉邦…人のいうことを聞くのが一番の長所というか、唯一の長所。豪運持ち。
日本の石田三成が加藤清正たちに「武功もないくせに偉そうに」と反感を持たれたように、文官は武功がない分能力が正当に評価されにくい感は否めない。しかし、蕭何の高い行政能力があればこそ戦に専念できたのであり、劉邦もそれがわかっていたからこそ最高の評価を与えたのだ。もっともそんな蕭何さえも劉邦から疑われ、自己保身をせざるを得なかったのだから、主君の猜疑心の強さに気が休まらなかったことだろう。そんなときに助言をくれる者達がいたのは蕭何の人柄の賜物であろうし、助言を容れる謙虚さは劉邦以上と確信している。
少し今の語義と違いますが、
キングメイカーが1番満足出来る
生き方かもしれませんな。
司馬遼太郎の項羽と劉邦を昔読んでましたが、劉邦がチンピラの頃からそれとなく劉邦を助けた蕭何は大好き😊
蕭何がついた最高位の宰相職『相国』は秦等戦国期の官制を元にするもので
じつは元々文字は『相邦(※読みは同じ「しょうこく」)』だったんですが
漢の初代皇帝『劉邦』の『邦』の字を避けるため同じ意味の『国』の字をこれに当て以後『相国』と記述されるようになりました
↑という豆知識は数年前はwikiには書いてなかったんですが(中国語のwikiっぽいサイトにはなんかのってた・・・たしか笑)今現在では確認したところ普通にガッツリのっていますw
というわけでおまけの豆知識、秦の始皇帝の名が『政』であるのは有名ですが
この『政』というのは『正月生まれ』に由来するとされ、このため始皇帝の在位中は『正月』という言葉は畏れ多いとして避けられ『端月』と言い換えられていたそうです😃
実際は相国 (相邦) が宰相 (人臣最高の位)で、丞相が副宰相だったけど、蕭何、曹参にあやかって相国は漢では永久欠番にされたんですよね。
(え!? 呂産? 董卓? 王莽? そんなの知らん!!)
@@user-nn2bu5ki9n 漢、それも初期の官制はかなりが秦の物を引き継いでおり
この初期の宰相職の呼び名、種類なんかもそうですね
劉邦、光武帝、劉備を観るに、劉一族には「人を観る目と、きちんと任せる能力」が才能として有る気がするな。
部下に任せ、責任は自身が負うっていい上司だよね、、
@@scrowbasiri7449
【有能な怠け者】
これは前線指揮官に向いている。 理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。そして、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。
【有能な働き者】
これは参謀に向いている。 理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方がよいからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。
【無能な怠け者】
これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。 理由は自ら考え動こうとしないので参謀の進言や上官の命令どおりに動くためである。
【無能な働き者】
これは処刑するしかない。 理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。
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ゼークトは誰でも知っているかと。
@@scrowbasiri7449
そうですね。千里の馬常に有れども、白楽常にはあらず、という感じです。
しかしショウカはショウカで世渡りが上手いですね。白起がこれくらい世渡りが上手ければ秦の統一がもう数十年早まった可能性が有りますね。
@@anaheimmechatronics564 君は驚くと思うが、その基本的なことを知らない人間が大勢いるのがこのYou Tubeコメント欄なんだよ。
韓信を見いだしておきながら容赦なく処分に手を貸すのに、欠点も多いのに劉邦を見捨てなかったのはどれだけ劉邦の可能性、魅力があったのかとしみじみ感じてしまう。
劉邦が世に出る下地を作ったってだけで蕭何の功績は偉大なんよなぁ
蕭何であろうとして張良も兼ねなきゃいけなかったところが、諸葛亮の不幸だったんかなぁ。
劉邦を含め中国史での猜疑心は日本人としては理解の外になることが多いのですが、一族の事を国と考えるとすっと腑に落ちたりします。蕭何が代表する蕭国と劉邦が代表する劉国との国連での外交戦と考えると「猜疑」の本質が分かりやすいと思います。だから夫婦も別姓。だって外国だもんね。
秀吉治世に小田原攻めに、統一後の五大老の一角としての治世への参加した、徳川家康みたいなものか。
@@so8661 外交戦という意味では近いかもですね。個人的信頼以上にそれにくっついている人達の問題なんです。
日本でも戦してた時代は裏切りも猜疑心も当たり前だったってのw
謎理論で勝手に腑に落ちてて草
世間的には他の三傑の方が人気だけど僕は蕭何が一番好き
今年中に銀盾ある希ガス。
ワイ氏がそうだけど日本史や世界史は
かなり好きだけど、中国史はちと億劫と
思ってた中高年民にとり(鳥!このchは
最良の入門編。主さんの偏愛が伝わって
来るのでどの話題も実に楽しいし
しばしば感動的でもある。
まだまだ勉強することが多くて
投稿が待ち遠しい。
永い活躍をギボンぬ。
銀盾! これで鳥さんもヒュパスピスタイの仲間入りですね(西洋史向けのネタですけど……)
孔明は自分を管仲楽毅になぞらえたんですよね。
韓信蕭何ではない。孔明ですらこの二人は恐れ多かったんでしょうね。
天が項羽ではなく劉邦を選んだのは、王朝を作り国を治めるには簫何が必要だと考えたからかもしれない。
最後の友情エピソードっぽいのちょっと泣いた。最高のエピローグやん……。
三国志の孔明の後任の蔣苑(苑の字が違いますが。)も同じ様な事を言ったみたいですね。たいしたものです。
蕭何の動画、ありがとうございます。そして登録者4万人を超えたこと、おめでとうございます。
秦の行政書類の入手、軍隊の補給の担当、国の法律の制定…。
どれも漢帝国になくてはならないものですよね。
蕭何の長編小説がもし出たら、是非読んでみたいです。
天下の本当の経営者、ということは実質上の皇帝。
鳥師は清末の林則徐の動画も制作されていますがこのお二人が私は大好きです
武官であれば項羽の武功に目が行くが、文官の蕭何からは「こいつら必ず転ける」と見えていたのかも
蕭何「考えてもみろ…我々が漢王に送り届けた支援物資の量を…。漢はあと10年は戦える!」
ジオンは優秀な人材を有効活躍出来なかったのかもな
王佐の才の持ち主は王朝確立や運営に必須だから、まさかの蕭何も自身がここまで開眼するとは思っても見なかったでしょうねえ…
個人的にある中国ドラマの范増が大好きなので、いつか取り上げて欲しく思います。
初っ端からSSR丞相引き当てて、そっからSSR軍師とSSR将軍まで引いた劉邦運強すぎだろ
蕭何の素晴らしいところは、投稿主の述べるとおり、秦の行政文書や法令文書などを抑えたところだ。
要は秦滅亡後の混乱期からの早期の脱却を果たすことができた。
また、行政文書には当時の戸籍も含まれているわけであり、劉邦の支配地域では徴兵も滞りなく行うことができたであろう。
漢の将軍であった周勃の墓から俑が発掘されているが、中原のみならずミャオ族、遊牧系民族や長江流域の兵士を象った俑もあることから、支配地域の掌握がスムーズに行ったことを示しているだろう。
また、蕭何の保身術は秦の王翦を思い起こさせるものがある。
自身を貪欲であることを見せつけることで俗物感を出す。
王翦は自身で考え出した策であったが、蕭何は食客などの意見をよく聞き策を進めていった。
その意味でも最高の官吏であった。
この時代で本当に怖いのは項羽でも韓信でも張良、陳平でもない劉邦と蕭何こそ本当にやばいやつら
蕭何に至っては偶然も含めて戦ってないのに楚漢戦争の根幹を操ってたようなもん
恐ろしすぎる
ありがとうございます!
ありがとうございます!
ご支援誠に感謝です!
28:10~
「んもぅ…ワシをこんなに心配させおって」
が、劉邦の本心だった模様(笑)
(///∇///)
横山光輝の「項羽と劉邦 若き獅子達」でそのまま言ってましたね、次のコマで周囲の目に気づいて険しい表情作ったけどw
蕭何さんが逃げたと勘違いした時の劉邦は、項羽に戦で負けた時より遥かに凄い落胆ぶりだったな。
??「んもう…わしにこんなに心配させおって」
横山版『項羽と劉邦』での劉邦という人物がよく分かる場面ですよね。
劉邦も劉備も自分の能力についてはそれほどでもない無能という自己認識があったのよね。
加来耕三さんの本で読んだけど、部下が失敗しても「少なくとも俺がやるよりはマシだったろう」と考えて基本は信じた人(能力の高い人)に任す。
器量だけはとにかく大きかったので部下がその器に水を注ぐことに満足感を覚えると。
項羽は自分の力を恃むことが勁すぎて(確かに個人の武勇は中国史上最強かもしれない)、城を落とせば敵を殺せばそれで天下を獲れるわけではない。
楚漢戦争では有利に戦いを進めても兵糧が尽きて撤退の繰り返し、兵站を軽視というか理解してるのかも怪しいから蕭何が部下にいたとしても劉邦のように第一の功なんて高い評価はしなかっただろう
劉備は演義の被害者なだけで実際は自分で全てを実行するタイプで人を見る目もある超有能だぞ。
蕭何目線の漢建国史はありそうでなかなかないので面白かったです。
起業家とか経営コンサルならともかく、大半の人が属するふつうの勤め人は、韓信や張良よりも、蕭何を見習うべきですね!
しかしスマホだと韓信や張良は変換されるのに、蕭何は出てこない……
Android版のATOKでは候補の中にありました。
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しょうか、私はATOKじゃなかったからですかね?
この時代に英傑が多かったのではなく、いつの時代にも英傑はいる。ただしそういう英傑は平和の時代には歴史に残るような活躍はできない。平和な時代は民衆にとっては幸福な時代だろうが、才能ある人物にとっては不幸な時代なのだろうと思う。
曹操『よんだ?』
んもう...わしにこんなに心配させおって(蕭何が韓信追っかけてった時の劉邦)
蕭何は国の政治・法律・軍事全てに関わっているしその気になれば劉邦を消せるだけの力があった、猜疑心を向けられても仕方ない地位にいる。だからこうやって忠臣アピールしないと死ぬ。
ショウカの能力は凄いけど、やっぱり本当に凄いのは劉邦だと思う 普通、戦で負けたら軍を立て直すのは至難…理由は、勝てない大将についてく人間は居ないから、この時代は特にね…なのに何度も再起できるのは、ショウカの補給もあるけど、それもこれも化け物じみた劉邦の求心力がなければ成立しないんだよね ゲ−ムで統率90あっても可笑しくない戦の経験数、項羽意外には、韓信抜きでも勝ち越してるし 魅力だけの人間と描くのは良く劉邦を理解してないと思う。 ちなショウカは好き
さすがに韓信を引き立てたのは、蕭何の実力以上に神がかっていたことだと思う。話がうまくて体格も良くて将来を嘱望された新米将軍が、いざ戦ってみるとあっさり負けて死んだ、なんてことが多々あるからね。韓信もそんな感じで負けていたらと思うと、蕭何も、彼の最初の戦勝報告を聞くまでは内心でハラハラドキドキしていたことだろう。
簫何は銀英伝のキャゼルヌのポジションで田中先生は有能な能臣としてキャゼルヌのモデルを簫何にしたと思う。
ヤンは韓信かな
戦争は政治の一種と言われるほどですからね、内政の重要性は表舞台では出で来ないから仕方ないけど
蕭何は今の軍隊でいう兵站を担った人。
この兵站を軽んじて戦争に失敗したのが第二次世界大戦の日本軍な。
私は蕭何。この世で一番頭がいい……
私は蕭何。これが私の口癖です。私、蕭何は劉邦と同じ沛の豊邑の生まれです。沛県の役人なんぞしておりますので、皆様は私の事を真面目で堅物だと思っていらっしゃるかもしれませんが、そんなに嫌味な輩ではありません。ただこの始皇帝の圧政の中で民を案じ、日々悶々としているのです。劉邦の事は少年の頃から見ていますが奴はまさにゴロツキ、自由奔放な振る舞いでいつも冷や冷やさせられますな。そんな劉邦を温かい眼差しであつものの冷めない距離かで見守っている、それが蕭何という男です。だからついつい気が高じて覗きまで… そうそう、この間も秦中央政府からどうしても!と誘われましたが、私としては沛の人々の顔が…
司馬遼太郎「項羽と劉邦」漢中落ちの場面で、まだ下っ端で補給を担当してた?韓信に向かって蕭何が「信さん、あなたは天才かもしれないが、戦争とは本来これだよ」と教える場面がありましたね。補給と行政、この両輪あっての蕭何です。
蕭何のように、兵站の確保と安定、内政の充実と本国の安定化を完璧にこなせるような人はなかなかいないですよね…。しかもそういうのって、裏方の仕事で表で派手に出てこないから、ちょいちょい軽視されちゃうんですよね…。
なお、そういった兵站軽視をやらかした例の一つが、大日本帝国軍です。(その最たる例が牟田口君が立案したインパール作戦。その辺の草だけで兵士の食事を十分に賄えるのなら苦労はしない。しかも、戦うには食糧以外にも弾薬とかいるし。)
そう、日本人だから蕭何の素晴らしさ痛感したんですよね〜、
大戦時、戦地向かう時食料持って行こうとしたら『向こうで用意されている』と言われ、身一つで言ったら食事どころか武器さえ足りなかった、ほとんどが餓死か病死したみたいな話聞いて…
中国史上、最高の能吏
時代が時代なら簫何君と呼ばれてもおかしくない人物
唯一失点が有るとしたら、呂雉の専横を止められなかったくらいか
召平のくだりの写真で飲んでいたスープ噴き出しそうになったじゃねえかww
10:45横山光輝『史記』で劉邦がめっちゃ嫌がって周りの人に「ムーリー」って言ってる場面を思い出した。
14:19きっとその時の簫何→「ウホ、この文書でご飯3杯逝ける🤤」といっていたに違いない。
勿論、保管室には走らずに向かう、そう某会場の様に。(正にジェントルの嗜み)
冒頭の駄洒落の嵐くだらな過ぎて好き